2024年5月17日

アクナイ その60


ツヴィリングトゥルムの黄金(残響の記録)


※ゲーム内スクショ(テキスト)を
グーグルレンズ経由で書き起こした後加筆修正を行っています

残響の記録


ヴィドゥニアの崩落

ヴィドゥニア都市楽団の首席に就任してから三十年目のこと、私は黄昏時にとある高塔での演奏に招待された。あの時、私は生涯で初めて眼下に広がるヴィドゥニアの全貌を目の当たりにした。
陽光の最後の一条が塔頂をかすめ、双月はそのヴェールを脱ぎ、響く悠々とした音色とともにウィーン大時計塔は夜を迎えた。外周のウィーン区から中心部のドッペルホーン区まで、鐘の音は街中を通り抜け、その音が聞こえた場所では歓喜の歌が沸き起こる。思いを馳せると、まるで都市という楽章が少しずつ目の前で展開されているように私には思えた。通りは五線譜であり、点在する建物は短音、そびえ立つ高塔は長音、それが交わりヴィドゥニアの壮大な旋律を奏でているのだ。
その旋律に浸りながら、バイオリンを奏でようとしたが、次の瞬間、雷にでも打たれたかのような感覚に襲われた――
私にはその旋律を奏でることなどできない。その音符をつま弾く資格すらないだろう。
この朽ちることのない、至高に輝く旋律は、唯一あの方にのみ相応しいもの。
鐘の声は幾千万もの音色を率い、いくつもの塔頂をかすめながら始源の塔の頂きへと降り注いでいく。しばらくするとすべての音は止み、まるで静かに次の指揮を待っているようだ。
すると、高塔から小さく、進行を許す声が聞こえた気がした。そして鐘の音が再び鳴りはじめ、二十二の区が共鳴するかのように音を奏でる。混ざり合う旋律は塔の頂から天を衝く勢いで空に満ち、力強く、同時に湖に投 げ入れられた小さな石のような軽やかさで夜空に波紋を広げ、星明かりを揺らした。
想像が現実となったのだ。まさに奇跡!リターニアだけで起こる奇跡に他 ならない!大地も耳を澄まなければならないほどの奇跡だ!
リターニアよ、どうか許してほしい。私はこの奇跡に気付くのがあまりにも遅すぎた。
それから数年後、双塔はあの高塔の廃墟の上に築き上げられた。二人の女帝は自らを古の国の新たなる主であると宣言し、その足下に広がる街へと視線を落とした。1079年からこのヴィドゥニアを讃えるための組曲の改編を行ってきたが、これもまたこの街と同じく、本来の名を失ってしまった。
今日——1092年の新年。晩鐘が鳴り響いたその瞬間、私は第22楽章に終止線を引いた。その時、同時にため息が聞こえたような気がした。それは 、ヴィドゥニアの最後の音符が落とされた地響きだ。女帝たちは首都の再建を終え、君王の曲調は完全に抹消された。街に残っていた五線譜は沈黙 し、双塔が新たな楽章を奏でるその時を待っている。
ここまで筆を進めた時、双月の清らかな光が窓辺に差し込み、まだ乾ききっていない五線譜のインクを照らした。改編を終えたこの組曲を私は『ツヴィリングトゥルムの曙光』と名付けることにした。新たな旋律がどのような運命を奏でるのか、私には知る由もない。
ああ、ヴィドゥニアよ。願わくば夢の中でも、いま一度その音色を耳にしたいものだ。



レッシングの哀悼

夕陽色に染まりながら彼は長いこと立ち尽くし、何もない荒れ果てた花壇を見つめていた。
三百年以上の歴史を持つルートヴィヒ大学の主塔は厳かに聳え立っている 。その影は黄昏時に最も長く伸び、まるで足もとに広がる大地を守る深き 森の巨木のようだ。遠くから響く鐘の音が授業の終わりを告げ、門前はすぐさま学生で埋め尽くされた。行き交う人々の足音、衣擦れの音、アーツ装置から放たれる音、それに話し声。これらが交じり合って耳に流れ込んでくる。
——造形再構築学から、最も難しいとされる感応伝達学まで、アーツに関する討論がそこかしこで行われ、たまにはアーツが作る光の玉が階段から 転がり落ち、レコードが人々の頭上擦れ擦れを掠め飛んで行く。
――数名の学生がレコードを避け、流行歌と地下劇場の新作劇についてのおしゃべりを続けた。どうやらシラクーザの新区画で繰り広げられる愛憎劇に夢中のようだ。
――貴族のような身なりをした二人は、双塔に対してフォルツガルド管区がどのようにふるまうべきかを小声で激しく討論していた。身に着けたローブがアーツのせいで燃えていることにもまるで気づいていない。
――だらしがない身なりの学者は、トリマウンツ出版の星図を相手にブツブツと独り言をつぶやきながら時折空を見上げ、夜の帳が下りるのを待っている。
そんな雑踏の中では、誰も彼を気にかける様子はない。もうすぐ造りかえられてしまうあの花壇と同じだ。彼のいる方向を一瞥したとしても、皆すぐに視線を逸らして離れていってしまう。
彼は服のベルトを引っ張った。きつく締め上げられた体はまるで石碑のようだ。
「主塔の下の花壇が造られたのは766年。当時の高塔の主は『学士』と呼ばれていたルートヴィヒ選帝侯でした。」
「この年、高塔には初めて平民出身の学生が迎え入れられました。貴族たちの反対を押し切り、高塔は庶民にも門戸を開いたのです。」
「その中で、ホフマンという名の学者が塔に足を踏み入れるにあたって、 故郷から持ってきた花の種を一袋、こっそりと花壇に蒔いたのです。ほどなくしてこの花壇は名もなき白い花で埋め尽くされました。それから長らく、この花壇に故郷から持ってきた種を植えるのが、平民出身の学者たちの伝統となっていたのです。」
「想像できますか?四皇戦争が勃発する以前、ここの花はまるでアーツで 彩られた祝典の日の空が如く咲き誇っていたそうですよ。それをこの目で、どれほど見たかったことか……」
「ですが今では、アインヴァルトの歴史に造詣が深い学者でもなければ、 このようなことを覚えている者はいないのです。」
説明を聞き終え、彼は何も言わず花壇の前にしゃがみ込んでいた。そしておもむろに土に手を入れ、しばらくして何やら小さくて硬いものを取り出した。
それは一粒の種だった。
「行こう、ゲルハルト先生。今日はあまり怒られたくないんだ。」――そう言いながら、彼は振り向きざまに種を握りしめた。



ウルティカ領からの手紙

親愛なる「朴念仁」様:
突然のお手紙、申し訳ございません。私のことはご存じないかと思いますが、ドゥーラおばさんと同じく、私もかつてはウルティカ伯爵の下で侍女として働いていました、メラニーと申します。
さて、大変残念なお知らせをせねばなりません。ドゥーラおばさんは3日前の夜に突如病状が悪化し、この世を去ってしまいました。今年のウルティカ領は例年より冷え込むのが早く、おばさんは秋を乗り越えることができ ませんでした。ひどく苦しんで亡くなったわけではないのが、せめてもの救いです。
ドゥーラおばさんの葬儀は行われませんでした。今のウルティカ領には、 特別な身分を持たない侍女に終の棲家を用意する余裕もないのです。伯爵塔に助けを求めてはみたものの、ウルティカ伯爵にはなかなかお会いできず、使用人たちにいたっては塔内の物品を着服して己の懐を肥やすばかり……かつての仲間に差し伸べて然るべき手も差し伸べてはくれませんでした。幸運にも、事情を知った現地のマイヤー家の支援により、ドゥーラおばさんは南の野辺に埋葬することができましたのでご安心ください。羽獣と野バラが寄り添ってくれるでしょうから、おばさんもきっと寂しくはないはずです。
「お会いしたことのないツヴィリングトゥルムの心優しい旦那様が、遥か遠いウルティカ領の貧民に手を差し伸べてくれた」こんな幸運が自らの身に舞い降りただなんて、今でも信じられません。ドゥーラおばさんは生前 、旦那様――あなたのことをよくお話していました。パンや新しい衣服、小屋の修繕費まで旦那様は与えてくださるので、私たちは寒さに震え路頭で命を落とすこともなく済んでいます。きっとあなたは、とても崇高な心 の持ち主なのでしょう。穢れなき美徳に満ちた魂を宿しているに違いありません!私なんかにこのご恩に報いる術はなく、ただただ心よりの感謝を旦那様にお伝えすることしかできません。
旦那様にお手紙を書いている今この瞬間も、私はまだ深い悲しみに包まれています。ですがそれでも、私の決心をお聞かせしたいのです。どうか今後は、ご支援をお送りにならないでください。マイヤー家の方も旦那様同様、全力でウルティカの民のために尽くしてくれています。彼らの支援のおかげで、私も今一度職を得ることができました。今度の仕事は、醸造所で使う果実の収穫です。大変ではありますが、自力で生活費を稼げるまたとない機会を得られました。今まで、お手紙で「希望を捨てるな、夜は必ず明ける。」と励ましてくださいました旦那様のお言葉は、決して忘れません。これからも、明日への希望を胸に頑張って行こうと思います。
最後に一つだけ。差し出がましいお願いかもしれませんが、いつかウルテ イカ領にいらっしゃいましたら、どうかドゥーラおばさんのお墓に足を運んであげてください。旦那様に今一度お会いできたら、きっと喜ぶはずです。私たちはずっと、それを望んでいたのですから。
どうか、旦那様がツヴィリングトゥルムで健やかに過ごせることをお祈りしております。そして、双塔の栄光があらんことを。
メラニーより



遅れて来た密使

黄昏時、ルートン区憲兵検査所では憲兵が数名、装備の片付けを行っていた。
「長官。ようやく事件解決の目処が立ったのに、本当に調査を終了するのですか?」
「目処が立ったからこそ調査の必要がなくなったんだ。ここ数日で手に入れた手がかりが指し示す例の大貴族様の身分を考えてみろ。下手をしたら巫王派の残党と関わっているかもしれないんだぞ。」
「だから今朝、シュタイナー侯爵のところに女帝の声が遣わされたわけですか。今後、この件は女帝の声が引き受けるだなんて……まさか!いずれかの陛下御自ら指揮を取られるのでしょうか?」
「これ以上関わり続けても、俺たちには開けられない扉や、上ることのできない高塔が必ず出てくる。女帝の声に任せるのが一番だ……」
木製の扉が押し開けられ、部屋の中に赤く輝く夕陽が差し込み、一瞬目がくらむ。暗さを増していく黄昏の光の中、急ぎ口をつぐむ憲兵たちの前に小柄な人影が現れた。
「この事件は終わっていません。」と、少年の声がその場に響く。
「どこのガキだ?デタラメなことを……」
「バスティアン・ロート男爵。ルートン区で誰よりも経験を持つベテランの憲兵。あなたは最も早くこの件の調査に携わった。だから会いに来たんです。」――男の子は懐から黒い封筒を取り出して話を続ける。「今後は 女帝の声が介入しますが、そちらにも引き続き調査をお願いしたいのです 。くまなくしらみつぶしに調べあげ、何か進展があればその密書に書かれている住所までお知らせください。」
「こっちが調べたくても、このまま続けたら……」
「シュタイナーが妨害することはありません。もちろん女帝の声も。」
ループスの男の子は密書を手渡した。
「コレがあれば、開かない扉も上れない高塔もないでしょう。」
男爵は固唾を呑みながら漆黒の密書を受け取り、指先で封蝋の金箔部分をなぞった。
「あなたは……一体何者だ?」
男の子の唇が微かに動いた。が、結局黙したままなにも語らなかった。彼はそのまま振り返り、その場を去っていった。扉の外には間もなく消えゆく夕陽の残り火が光を投げかけており、地面には長く伸びた彼の影が映し出されていた。



主なき追憶

落ち葉は枝に戻り、苔は壁から消え、高塔は地面に沈んだ。あなたの周りから時が剥がれていく……これは、持ち主のいない記憶だ。
アーツによって、とある建築物が目の前に現れた。楼閣にドーム型の屋根……ひと目でそれが劇場だと分かる。ツヴィリングトゥルムに現存するモノではない。この劇場が破壊された時、ツヴィリングトゥルムはこの世に存在してさえいなかったのだから。
劇場内は漆黒に包まれ、舞台には眩いスポットライトが当てられている。 光の下では、美しい服に身を包んだ者たちがオペラを披露していた。
戦艦が現れ、高塔と泥土を波のように混ぜ合わせながら舞台に乗り上げた 。その瓦礫の合間から覗くのは一面の枯れ果てた花のみ。二人の娘を腕に抱いた母親は地面に膝をついている。
「暴君が楽園に足を踏み入れた!」
「邪悪な力と穢れが我らの家を破壊した!」
その歌詞をあなたは知っていた。間違いない。幾度も上演されている『レオポルト』というタイトルのオペラだ。
次の瞬間、戦艦から降りてきた横暴な兵士が、母親を捕らえた。彼女は涙を流しながら娘たちに別れを告げる。
母親役の女性は、涙声で歌い上げる。「やめて、子どもたちには母が必要なの。リターニアには母が必要なのよ!」と。
劇場内が明るくなった。客席に目を向けると、舞台の下にいた観客はただ一人。その男はシグネットリングを指でなぞっていた。杖に置かれた方の手は火傷の痕が目立って見えた。その手は鋼鉄のようであり、石のようであり、顔もどこかで見た記憶がある。絵画に描かれ、記念碑を築かれたリターニアの英雄である彼は、このオペラそのものでもあった。
「リターニアには母が必要……」 ――レオポルト公爵は何度もその歌詞を口にした。「リターニアには母が必要だ。」
がらんとした劇場内にもう一つ人影が現れた。公爵の背後に、痩せこけた老人が姿を現したのだ。
「くだらない劇を演じさせているようだな、レオポルト。ヘーアクンフツホルンの力は、お前のおもちゃではない」 ――老人は躊躇うことなく叱責の言葉を発した。
「確かに彼女たちの力はヘーアクンフツホルンの密室にて、その手稿をもとに誕生した……」――レオポルトは声を荒げることもなく答えた。その 視線は始終舞台上にいる二人の少女に注がれている。「だが、それを作ったのは私だ。なぜ強大な力を持っているのか、理解する必要がある。」
「リターニアには母が必要だ。そうは思わないか、フレモント?」
少女たちは互いを支え合いながら立ち上がった。そこであなたは、彼女たちが黄金よりも明るく輝き、闇夜よりもさらに深き漆黒を纏っていることに、唐突に気がついた。
舞台上では変わらずオペラが演じ続けられている。二人の少女は懐に隠し持っていた短剣を取り出し、お互いに振りかざす。武器がぶつかりあい、火花が散る。その火花は黄昏の光となり、次の瞬間、ハーモニーを奏でていた。
「英雄は宝剣を振るう!」
「英雄は暴君を倒す!」
光が徐々に失われ、劇場内を漆黒の闇が包み込んだ。真っ先に姿を消したのはレオポルトだった。それに続く形で劇が、少女たちが消えていく……そして最後に姿を消したのは二人のうち、黒髪の方の少女だった。こうして、主のいない記憶は終わりを告げた。



風前の密書

グリムマハト様:
私は幼いころから体が弱く、そんな私が治めるシュトルム領も辺鄙な上に災害が多い土地です。ここ数年、年老いた私は病に侵され、長らく謁見す ることもかなわずじまいですが、まさか陛下からご厚情をいただけるとは 、思いもしませんでした。国政でお忙しい貴方様が、シュトルム領や私の 体を心配してくださるなんて、心から感激しております。双塔より遣わさ れた侍医の尽力により、病の悪化を遅らせることができました。おかげで 、一時的ではありますがこの身もまだしばらくは持つかと存じます。もう少しだけシュトルムウィンドの高塔に腰を据え、帝国の栄光に力添えができそうです。
ですが、年老いた選帝侯の命を帝国の栄光と同等に語ることなど、どうしてできましょうか。帝国の繁栄と同じく永劫ではいられないのです。いくらシュトゥルムの高塔が機密をなに一つ漏らさず、部下が忠義に篤き者ばかりであっても、長年この身に付きまとう病魔は、これ以上皆を守ることを許してはくれないようです。
選帝侯の地位はもとより私のものではありませんでした。それでもこの重責を背負って以来、その責を身を粉にして果たしてきました。病床に伏してなお、私の志に変わりはありません。しかし私が病に苦しんでいる間に 高塔を狙う者が現れ始めたようです。公爵たちは互いに相容れず、己の砦を堅固にしてばかり。私が死したならば高塔は主を失い、その座を手に入れようと皆相争うことでしょう。シュトルム領はもとより災害が多く、領地も領民もこれ以上の災難には耐えられません。それにより金律楽章に乱れが生じた場合、その罪は私一人が負うべきものとなるでしょう。
私の前半生は、我が父と兄が戦死した日に終わり――それからの後半生は 、23年もの月日が流れる間、シュトルム領の選帝侯として過ごしてまいりました。選帝侯としての責務があまりにも重大だったからこそ、吹き荒れる風に揺れる花のような私の取るに足らない命を、嵐の中で息づく火種となるべく、燃やし続けることができたのやもしれません。場合によっては 、より重い責任が――帝国のすべてを巻き込むような責務が、全ての者を焼き尽くす日がくるかもしれません。私の花が先に燃え尽きてしまい、そ の日の責任を背負うことができないのが、今は残念でなりません。
願わくばウェルナー・フォン・ホッホベルク亡きあと、帝国の栄光がさらに眩く、帝国の繁栄が未来永劫続きますように。



音楽記念館のガイドブック

1. 記念館について
「スウィングジェントル」 音楽記念館は、1083年にペングイン伯爵の高塔を改築して建てられました。ペングイン伯爵は300年前に活躍した著名な音楽家であり、音楽面での非凡な功績とユーモアに溢れた独特な姿で名を馳せ、「スウィングジェントル」と呼ばれていました。ペングイン伯爵の高塔は数多くの災難に見舞われましたが、変革の荒波の中でも倒れることなく聳え立ち、貴重な楽器や楽譜を後世に数多く残しました。アインヴァルト管区だけでなく、リターニアの歴史の「生き証人」と言っても過言ではないでしょう。
現在、修繕が終わったペングイン伯爵の高塔は「スウィングジェントル」 音楽記念館とその名を改め、広く門戸を開いております。古き良き優美な収蔵品を通してリターニアの輝かしい過去を知り、この壮大な楽章がいかにして今日まで伝えられたのかを、是非その目でお確かめください。
入場料:2ドゥカート/人。ペングイン伯爵の功績を祝して、年齢を問わず身高150cm以下の方は入場料が無料となります。
2. 館内収蔵品
……
No.23 淡ピンクのマレット
淡ピンク色の柔らかなフェルトをマレットに使うことで、奏でられる音色も柔らかくなめらかなものとなります。ウッド部分には黒曜石があしらわれており、すばらしく貴重な代物ですが、残念ながら現存するものはこれ一つとなってしまいました。かつて、記念館の管理人が深夜にこれに似た無数のマレットが館内を縦横無尽に飛び回り、至るところで楽器が無秩序に音を出している光景を目にした事件は、今でも怪談として語り継がれています。
……
No.46 銀色のバイオリン弓
白銀色のバイオリンの弓はその造形も美しく、スティック部分にはとても珍しい材質のものが使用されています。評論家からは「解けることのない白雪」と呼ばれる幾千万もの氷のような細い糸がまとわりついているのです。また、この弓には謎の現象を起こしてしまうという噂があります。例えば、この弓を使うとどんな曲でも聞き手には低唱が聞こえてしまうというもの。低唱が本当にあるかどうかははっきりとは言えないものの、それを聞くと心の中に故郷への哀愁が溢れるという不思議な現象が起きると言 われています。最新の研究によると、スティックに刻まれている謎の紋様はサーミの織物に使用されている図案と似ていることが判明しました。
……
No.76 青尾羽の太鼓
サルゴン風情に溢れるこの太鼓の最も目を引く部分は、なんと言っても長く美しい青色の尾羽でしょう。しかし、風貌は美しくとも醸し出される錆のにおいは、嗅いだ者を少しばかり不快にさせます。どこから伝えられた 風説かは分かりませんが、この太鼓の音色を耳にしたアーツユニットの職人は、機械製造の秘訣をも知ることができるそうです。そのため一時多くの職人が祈願で我先にと祈願のため、この太鼓を叩きに来たのだとか。その後、彼らは古い部品の改造に没頭するか、サルゴン行きの交通機関に乗ったと言われています。
……
No.123 ノクターン 「タンブルウィードの夢」
この夜曲は、ペングイン伯爵が数多作曲した曲の中の一つで、伯爵らしいのどかな曲調となっています。この曲では、月明りの美しい夜の荒野をタンブルウィードが転がって行く情景を奏でられており、風変りな曲であると言えるでしょう。皆さまもご存じの通り、タンブルウィードはクルビアとレム・ビリトンにのみ自生しています。そのため、この曲はペングイン伯爵が当時すでに「未知の大地」へと赴いたことを証明し、かつてのリターニアがどれほどの国力を有していたのかがうかがえるのです。
……
No.295 灰色の毛
こちらの動物の毛が当館最後の収蔵品となります。枯草や砂利が絡まった 、硬質な毛です。ペングイン伯爵のゴミ袋から発見されたもので、伯爵が自ら楽器を製作していた証拠として、今日まで保管されています。この毛を捨てた理由については「品質不良」であることが、ペングイン伯爵の手記に書かれています。
3. 逸話
……
ペングイン伯爵の失踪の謎:
伯爵の使用人いわく、音楽家として大成したのちの伯爵は、いつまでも進化せず保守的なままであったリターニアの音楽にしばしば悩まされていたそうです。ある晩、伯爵が就寝した後、寝室から突然会話をするような声が聞こえ、様々な動物のような鳴き声やものが落下する音まで響いたのだとか。当時の使用人たちは、こんな話を耳にしたそうです。「賭けに負けたんだろう、俺には関係ねぇ!」 「わかった、くれてやる!だから羽を引っ張るな!」と。
伯爵はもとより個人的に客人を招く習慣があったため、使用人たちは勝手に部屋に入ることもなく、ペングイン伯爵が室内で言い争うような声をただただ聞いていただけでした。しかし、言葉を発する速度は徐々に速まり 、リズミカルになっていき、時折楽器を叩く音まで聞こえ、その音はまるで旋律のようだったそうです。そして伯爵が突然大きな声で「YO~、コレで決まりだ!」と叫ぶと、次の瞬間、部屋は静まり返ったのでした。
ドアの外にいた使用人は伯爵が呼びかけに答えなかったため、主人にもしものことがあってはいけないと無理矢理部屋のドアを開けたのですが……そこには誰の姿もなく、ペングイン伯爵はそれっきり姿を見せることがなかったとされています。


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